これは小津安二郎監督が野田高梧とともに「秋刀魚の味」の次作として準備していたプロットを基に白坂依頼志夫と渋谷実が脚本を書いて、渋谷実のメガホンで制作された作品である。冒頭に「小津安二郎監督記念映画」との表示が松竹のマークの前に出てくる。
小津が脚本なり書いて他の監督が映画にした例は「限りなき前進」(内田吐夢監督)と「月は上りぬ」(田中絹代監督)があった。いずれも監督が違えばという結果になっている。本作は素案の段階で小津は病に倒れて不帰の客になってしまうので、この2作よりももっと小津色は希薄である。配役は小津作品の常連の俳優が多いものの、渋谷実監督のカラーが強い。しかし、これは否定的ではなく、それで良いのではないかとも思った。自由に話を展開するのだから、そこはそんなふうになってしまうのである。小津監督は何とあの世でどう思っているのだろうか。勝手に自分の名を冠にするんじゃないと渋い顔しているのだろうか。主演の笠智衆も小津作品よりは生き生きと演技しているようにも思える。歩くところや茶碗湯呑などの置く位置まで指定された小津組の仕事とはかなり違って感じるのは、ある程度俳優に自由度を与えているからかもしれない。1965年の正月映画として公開されているから、松竹で常連だった佐田啓二や高橋貞二は既に物故してしまっている。岩下志麻、岡田茉莉子、有馬稲子、司葉子といったヒロイン級がゲスト出演しているし、三宅邦子、東山千栄子、北龍二、高橋とよ、菅原通済といった所縁の脇役も出ていて、なかなかにぎやかな感じはする。