本作は、田坂具隆監督の戦後第2作にあたる。田坂監督は広島で原爆に遭遇(召集されて広島の連隊にいて、偶然に助かった)したので、戦後は健康が思わしくなかった。この前作の「とぶろくの辰」はなかなか撮影が進まず、大映が途中で未完のまま公開するという屈辱を味わっている。
1951年になってやっと2つ目というのはやはり本調子ではなかったということだろう。この作品はほぼ3人に登場人物が絞られている。子供のいない夫婦に突如、夫の息子と称する幼い男児がやってくる。実の母親が病気で世話ができなくなったからだが、夫婦にとっては青天の霹靂だ。まず妻だけが対応、夫は出張から遅れて帰宅。夫もこの男児の存在を知らなかった。空襲で助かった時にやはり一緒に助かった行きずりの女性と一夜を共にしたからだ。その時妻は疎開中と状況。子供の存在は夫婦間に亀裂を生じる。幼い子でも自分が邪魔な存在として黙っていなくなるが...。粗筋はざっとこんなところだ。
客観的に見られる観客の立場からすると、悪人は一人もいない。やむにやまれぬ事情で、子供がむしろかわいそうなくらいだ。妻が夫を裏切ったとなじるが、それも最後は子供の「家出」の騒動で解決する。テンポが遅いのでやや退屈な感じはあるものの、三者三様の心の機微が伝わってきて、思わず画面を見入ってしまう。子役の伊庭輝夫はわずか3本しか映画出演していないという。5年後田坂監督は「女中っ子」で再び起用。もっと複雑な心情をこなした子役だった。ネットで調べるとやはり映像関係の仕事に就いていて、講師もしていたようである。年代からしてもうリタイアされているようだ。
なお、中間部に空襲の回想シーンがある。これが思いの外、迫力があって怖いくらいだった。原爆に遭遇した体験が生かされているのかなと思った。