これは溝口監督が松竹に移って制作した作品で、京都撮影所で撮った「芸道三部作」の第1作にあたるものである。明治期の歌舞伎界が舞台で、菊五郎とそれを支える女性の物語。どちらかいうと主演の菊五郎よりもそれに寄り添う女性の描写に焦点をあてているような風がある。忍耐強いが男よりもはるかに大人という感じがする。いばっていても弱いの男という描写が戦前の日本映画からもうかがえるというのがとても面白いとも思った。
映画はワンカットワンシーンの典型のような作品で、カメラが定位置で人物が画面の枠から出ていっても芝居が続行して声のみが聴こえたり、あるいはクレーンでずっと人物を追ったりして、役者に息の長い芝居を要求しているのがわかる。この作品の主な俳優は舞台出身者が多いのもそうした要求に応えられるからだろう。新藤兼人の「ある映画監督」でこの作品のことが触れられていて、冒頭の子守のシーンで当初演じていた撮影所所属の女優の演技が気に入らず、舞台俳優の森赫子に代わったと話が出ていたのを思い出した。
なお、三部作で今観られるのは本作のみである。他は全て撮影所の火事で失われているというから、残念な話である。また新藤監督は花柳章太郎と森赫子のことを「女優」で扱っている。