この映画はフィルムセンターで「成瀬巳喜男監督特集」で観たのが最初だったと思う。もう30数年前のことだった。この時、代表作の「浮雲」が日程の関係で観られず、仕方なく行くことができたので観たという感じだった。ところが、それこそ主役級の女優が大勢出演するし、新劇のベテランの杉村春子に加え、かつての松竹蒲田の大スター栗島すみ子まで出ているのだから、スクリーンで圧倒されてしまった。
出演者クレジットのトップは田中絹代で控えめな女中さんという役どころだが、この人物の目を通した描き方だった。確か、幸田文もこういう女中として花柳界の置屋に住み込んで取材したとかということを聞いたことがある。そうだとしたら原作者の分身ということになるか。
山田五十鈴の女将の存在が圧倒的で高峰秀子扮する娘との対立、先輩格の女将、栗島すみ子との対峙など見応えがあった。どれも斬った張ったの大きなドラマはなく、日常のおけるやり取りだから、逆に演技力がものを言う。ことに栗島扮する女将の非情な行動は合理的ですらある。それでいて他人の面子をつぶさないようにするという、まさに大人の行動だ。栗島すみ子は戦後初めてスクリーンに登場したのではなかったろうか。30年代まではトーキー作品にも出演していたが、戦時中からは遠ざかっていたのではなかったか。それを口説き落として出てもらったのは、成瀬監督ならではかもしれない。出番が終わって、田中絹代とともに最敬礼をして監督はこの女優を見送ったという。栗島の方も「ミキちゃん」と呼んでいたようだ。こういう人との繋がりは、どこか胸を熱くするものを覚える。