December 15, 2013, 2:40 pm
「アラビアのロレンス」や「おしゃれ泥棒」などの主演で知られたイギリスの俳優、ピーター・オトゥールが亡くなった。亨年81歳。長らく闘病生活に入っていたという。
人間は誰でもあの世からお迎えがくるものだが、訃報はやはりさびしいものを感じる。我々は映画でこの人の演技に触れているが、元来は舞台俳優だったのではなかったか。演技達者で現代劇や史劇でも違和感のなかった。
ご冥福を祈ります。
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December 15, 2013, 4:34 pm
「黒子のバスケ」という漫画がどういうものかは知らない。だが、この事件でアニメにもなっていて、相当な人気作であることを知った。それはそれでいいことではあるが、その成功を羨み執拗に脅迫を繰り返すとはどういうことか、考えさせられた。多分、作者とは一面識もないだろうなという予測はしていたが、それはその通り的中した。
捕まった時に、「負けました、ごめんなさい」という言葉を発したというが、36歳になるこの男はどういうつもりなのだろうか。ゲーム感覚なのかなということは感じられる。しかしここまで執拗になれるとはどういうことだろうか、解せないのだ。何を普段しているかも不明のようだし、記事からは何か病的なものも感じられる。一方でネット社会で「荒らし」なる行為があって、他人を執拗に攻撃する者がいた。その「荒らし」と同じようなものを感じる。その行為が先鋭化したという印象なのだ。ごめんなさい、とは言っているが、今回の行為は妨害行為が社会に与える影響は大きく、関係先は大いなる損害を被っている。刑事だけでなく、民事でも責任を問われるのかもしれない。
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December 15, 2013, 11:30 pm
ピーター・オトゥールが亡くなったと思ったら、今度はジョーン・フォーンテインの訃報が飛び込んだ。日曜日の朝静かに息を引き取ったという。96歳だった。
オリヴィア・デ・ハビラントとは姉妹でライバルでもあった。アカデミー女優だった彼女らは実は東京で生を受けている。両親が仕事で赴任していただけだが。すぐにカリフォルニアに移って成長している。
ヒッチコック作品の「断崖」とか「レベッカ」で有名で、凛とした姿が印象に残る。また名優の訃報、天寿を全うしたとはいえ、寂しい限り。
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December 18, 2013, 12:26 am
老舗オーケストラが船出をした将に最初の演奏会のプログラム。内容はテンコ盛りといった感じだ。最初のゴルドマルクの「春に」序曲だけが未知だが、後はお馴染みのものばかり。ただし、ウェーバーの「舞踏への勧誘」がよく聴かれるベルリオーズ編曲版ではなく、オーストリアの名指揮者フェリックス・ヴァインガルトナーの編曲版というのが注目するところ。どんな演奏だったのだろうか。
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December 20, 2013, 5:26 am
新幹線網が発達すると、こういう列車はなくなる運命だ。殊に機関車牽引の客車型列車は殆どなくなってしまうようである。最後まで残るのはサンライズ「出雲&瀬戸」のようだが、これは電車である。
スピード化に伴い、「食堂車」が新幹線も含めて消滅した。そして、寝台車もレアな存在になるのだろう。こういうもの継承するのは、九州あたりの「クルーズ列車」くらいになるのかもしれない。寂しいが、これも鉄道の変化の一つと受け止めなければならない。
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December 21, 2013, 1:12 am
この事件で、社長業の厳しさを思い知らされた。まだ解明されることが多いが、個人的ではなく会社自体へのものではないかという予感がする。
右代表として、被害にあったのなら、辛い。逆に社長自身への危機管理はどうかということも問われるかもしれない。いの一番に出て事務所前を掃除するのが、日課だった。とても真似のできないことだが、余りに無防備との指摘も出るかもしれない、残念ながらそんな世の中になってしまったのかもしれない。ま
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December 21, 2013, 9:09 pm
珍しい写真が公開になった。100年前のものながら、豪華な構造は流石であると思った。
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December 24, 2013, 7:54 pm
【曲目】
ベートーヴェン: 交響曲第7番 (1978年1月28日ベルリン・ライヴ)
ストラヴィンスキー: バレエ「春の祭典」(1978年8月31日ルツェルン・ライヴ)
【演奏】
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
カラヤンは録音には熱心な指揮者だったが、やはりライヴとなるとどんなだろうと気になる。
やはり実演は、カラヤンも別の面を見せてくれるのを実証したような録音。どうしてもセッション録音となるとどこか取り澄ましたようなところがあるが、そういうものから解放された状況ではどうなるのか。適度にいい意味で荒れているところがいい。ややデットながらステレオ収録というのもいい。思わぬものを見つけたという感じの一枚である。カナダ・レーベルながら、プレスは日本のようである。
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December 27, 2013, 5:18 am
これは1960年5月29日から6月7日にかけて、ウィーンの楽友協会大ホールで、クレンペラーが手兵フィルハーモニア管弦楽団を率いてベートーヴェンの交響曲全曲と3つの序曲を演奏した記録である。初日の日はワルターがウィーン・フィルを振った演奏会も同じ会場で行われていたという。(「告別演奏会」でライヴ盤も出ている。)
さて、今回Altusからリリースされたものを入手して聴いてみた。実は他のレーベルから様々な形で出ていたが、モノラルの放送音源ということで躊躇していた。Altusはその中で放送音源を比較的いい状態で出してきたレーベルだったので、思い切ってみた。
モノラルであっても、たいへん明瞭に音が聴こえる。しかも程良い緊張感の中で音楽が展開するので、聴いていてワクワクさせられる。セッション録音とは何か違うものを感じる。語彙力ないので的確な言葉が浮かばない。レコーディング・オーケストラとして立ち上がったフィルハーモニアだが、いいアンサンブルをしているのだ。
かつて「エグモント」序曲のリハーサル映像が店頭で流れていて、クレンペラーがフィルハモニアのメンバーに向かって、「何故言った通りできないのだ!」と叱りとばしていたが、それはウィーンのこの演奏会のものだったことを知った。いや、おっかない爺さんだなと思ったものだ。ようやくいつのものか分かり、すっきりした。
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December 30, 2013, 4:22 am
2020年にオリンピックが再び東京で開催されることが決まったこともあって、NHKのBSプレミアムで放映されたので、改めて見直した。色の調子もいい具合に調整されてたいへんいい状態であった。
この作品は前にも記事にしたので、繰り返しは避けるが、市川崑監督は競技そのものには興味はなかったようだ。ただ、そこに集まる人間たちの表情や習性とか、見る側の心理とか、そういうものに焦点をあてたような傾向にある。それが委員会の要だった政治家のお気に召さなかった原因でもあるが、今でも十分に見応えがあり面白く思える要素でもあるということだ。
当時はモノクロTVの小さな画面で食い入るように見たものだ。マラソンで円谷選手がゴール手前でイギリスの選手に抜かれるところなど鮮明に覚えている。既に選手にも多くの物故者があり、時代の流れをも感じる。
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January 14, 2014, 3:00 am
「タイム・トンネル」の第2話は未来の時代へ飛ぶ。1912年から今度は1978年の火星有人探査ロケットに迷い込む。制作が1966年だから、78年というと当時は相当未来という感じだったろうか。以前として某国との宇宙開発競争の延長戦といった趣で、スパイがこれに絡む。また、二人の飛んだ時代と現代(1968年)に同一人物がいて、この種のドラマならではの不思議な感覚が味わえる。
実際の1978年は期待したほど、宇宙開発は進捗しておらず、その時点でこんなものかと思ったものだ。まだこの当時の楽天的な発想が存在したのだろう。そういったことはともかく、活劇としてはよく出来たエピソードだったように思う。歴史的に云々ということはないのが幸いしたのかもしれない。自由な発想をライターたちもいい意味で遊んでいるというふうがあった。
なお、次の時代に転送する時に、一瞬月面上でもとの服装になるところは最初驚いたものである。
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January 14, 2014, 3:29 am
二人はウェールズの炭鉱内に送られてくる。あたかも落盤事故で騒いでいるが、事務所の男は一向に救助しよとしない。それはハレー彗星が地球と衝突するといって、世相騒然となっている時代だった。1910年のこと。今回は悪人は登場せず、彗星は心配ないと二人がその時代の人たちを説得して、救助に向かわせるのが話の中心というのが特徴。実際にこの世の終わりということで騒ぎあったし、それに便乗した悪徳商法も流行ったらしい。
今回は彗星のエネルギーに同調してトンネルがたいへんなことになる。こういうことは後々にもあって、これがその魁となったエピソードになる。
二人が再び転送されるが、珍しく二人が別々になってしまう。そしてトニーだけ10年前のアリゾナ砂漠に降り立つ。この部分はパイロット版からの転用の短いエピソード。ここで顔見知りの人物は出てくるが、知り合う前で知らないというとんでもない状況が描かれる。そして、これは次へのエピソードの内容を暗示する見事な前哨になっている。これにはちょっと感心したものだ。
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January 15, 2014, 5:26 am
これは、日本ではテレビ放映されなかったエピソード。何故なら敵役は日本人だからだ。もう一つ同じ理由で未放映エピソードがあるが、NHKらしい慎重な姿勢がうかがえる。
前段で顔見知りのはずが10年前の時代なので、自分を認知されない目にトニーはあっているが、ここでは子供時代の自分に遭遇、そして行方不明になった父親との「再会」を果たすという、タイムトラベル独特の面白さのエピソードになったと思う。主役のジェイムズ・ダーレンも最も印象に残る話と語っている。
ただ日本人の描き方は当の日本人がみると噴飯ものではある。ヤクザみたいな男がハワイ領事館にいるのも変だし、メイドの日本人の女性もよそ行きの和服を着て仕事をしているのも奇妙である。台詞は英語だが、時折「ハイ」と返事したりするのも、何だかおかしい。60年代のアメリカ映画に出る日本はどこかおかしいのは常のことではある。
しかし、もっと矛盾を感じたのはトニーの年齢だ。第1話では1938年生まれと言っている。しかし、このエピドードでは当時7歳と言っているので、4年の差異がある。もっとも第1話は吹替え音声でオリジナル音声を聴いていないのだが、エピソード毎の磨り合わせが出来ていない証拠かなと思ったりしている。
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January 15, 2014, 6:03 pm
真珠湾攻撃の難を逃れたら、今度は戦場の真っ只中に送り込まれる。1815年の英米戦争(俗に第二独立戦争)の時代。ニューオリンズあたりである。今回はゲスト出演のキャロル・オコナーが二役で活躍する。イギリスの部隊を全滅させた指揮官とその子孫で1968年当時イギリス陸軍の将軍の二役だ。
資金がかかりすぎるということで、コストカットの意味合いもあったらしいが、同一の役者が演じることで血のつながりが明確になったとも言える。オコナーはプロデューサーに転身したそうだが、制作された1966年当時は結構いろいろな作品に登場、「スパイ大作戦」にも敵役で出ていたのを確認している。
アメリカとイギリスが独立後も戦火を交えたというのはこのエピソードで知ったものだ。同じ英語を話すもの同士が戦争するのだ、と子供心に不思議に感じたのを覚えている。
なお、今記事にしている順番は本国の放映順で、日本の順番ではないことをお断りしておく。
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January 15, 2014, 11:04 pm
1883年の火山大爆発直前のインドネシアのクラカトア島に二人は転送される。こういうこともこの番組で知ったことであった。
その島にはイギリスの火山学者親子がいて、なかなか島を離れようとしない。また雇われて原住民は迷信の凝り固まって足を引っ張るような状況なのである。今回注目なの二人の回収を試みるも失敗して、他の時代に転送せざるを得ないという話が織り込まれているのが特徴だ。したがって、NHKはこのエピソードを放映の最終回にして、「タイム・トンネル」は未完成のまま終わってしまうということをナレーションで語らせていた。私はこの終わり方のほうがなかなかいいと思った。話が進むに連れて荒唐無稽な話が続くが、最終回だけ異様な出来だったのを覚えている。本来は初期のエピソードだったのである。
なお、ゲスト出演で父親の学者に扮していたのは、トリン・サッチャー。20世紀フォックス作品で脇役で出演したベテラン。「慕情」などでもイギリス人医師役で出ていた。娘役はエレン・バーンスティンで当時は違う名前でクレジットされている。「エクソシスト」の母親役が代表作の女優だった。
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January 15, 2014, 11:26 pm
初めて紀元前に飛んだエピソードB.C.1200年のトロイの攻防を描いたエピソード。二人は何でも知っているとして、ユリシーズなどから神に奉られてしまう。
もっと不思議なのは、今までは総て英語圏でのエピソードだったが、今回初めてそれ以外でのエピソードになる。古代の時代の連中が現代英語を話すとは考えられないので、どういう仕掛けになっているかという説明は一切ない。新しい「タイム・トンネル」のパイロット版には自動翻訳システムが出てきて「これでドイツ語はペラペラだ」というシーンはあった。あらゆる言語に通じたスーパーマンなのかと突っ込みをいれたくなる。
このエピソードでカーク所長が、ユリシーズやパリスなど実在したのだと感激するところだ。そんなに感激するものなのかと初見の時は不思議だったが、欧米の知識階級はギリシャ神話や聖書などは知識の根本をなすものと知って、あの感激の表情について少し理解できたものであった。
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January 16, 2014, 6:57 pm
1876年にカスター将軍がインディアン戦争のさなかに戦死した経緯を描いたエピソードである。原題は「大虐殺(Massacare)」である。何をもってそういうタイトルなのか、きっと白人部隊が全滅したことを指すのかもしれない。
従来の西部劇ではアメリカの先住民を敵役にし、頑迷固陋な遅れた種族という蔑視めいたものあった。しかし、ここでは、白人のトニーが彼らに「兄弟」と呼びかけているのが注目点である。もちろん1968年の人間で民主教育の下に育ったのでそう言わしめるのだろうが、こういうドラマで描くの当時としては異例ではないかと思う。確かに制作の1966年当時は西部劇は衰退し、マカロニ・ウェスタンが流行っていた。よりリアルな描写に傾向が移っていた。そして3年後「ソルジャー・ブルー」という完全に白人が悪いことを描いた作品が登場となる。それに先立っているのである。カーク所長が「どっちが野蛮人だか、わかったものではない」と嘆くのはその象徴。しかし、一方で先住民出身の学者が「どちらにも野蛮人はいたのですよ」と切り返す。そうだと自分も思う。
当時はキング牧師など人種に関わらず全て平等ということがしきり言われていた。そういう時代の雰囲気をも反映しているということではないかと思う。
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January 16, 2014, 11:02 pm
1895年の悪魔島へ今度は転送される。南米北東部仏領ギアナ沖にある流刑用の小島である。こういうこともこのドラマで初めて知った。そして、ドレフィス事件というのは世界史の教科書にも載るほどの有名な事件であり、ヨーロッパで反ユダヤの考えが根強い例として紹介されていた。このエピソードには当の本人が登場する。
どちらかというと密室劇みたいな話でやや変化に乏しいきらいはある。収容所長もその部下の看守たちもたいへん悪辣な人物に描かれている。
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January 16, 2014, 11:30 pm
フランス革命時代のパリに今度は転送される。前回同様にフランス関連のものだが、ここでも理不尽極まることが横行している様子が描かれる。そして、カーク所長とそっくりな革命側の将校が登場したりして、話を面白くしている。
過去と現在の人物を同じ俳優が二役するのは今回が二回目。いずれも血縁があるというところがポイントだが、やはり経費節減による工夫でもあったらしい。先祖の行動に子孫がうろたえるというのはこういう物語の一つの特徴なのかもしれない。
最後はナポレオンの登場で話は締めくくられる。
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January 20, 2014, 6:29 am
ついにこの人の訃報が出た。数年前「シモン・ボッカネグラ」のオペラ映像を見た時にあまりの変貌に驚いた。老いたというよりは、衰えたという感じなのである。ベルリン・フィルの音楽監督を降りて、しばらくしてからの姿だった。よくない病気かなと思ったら、やはり闘病していたようだ。
ご冥福を祈りたい。
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