室生犀星原作の短編の映画化である。この小説は3度映画化された上、テレビドラマにもなっているようである。しかし、原作の雰囲気を伝えるのはこの木村荘十二監督版である。上映時間は60分強の中篇である。設定も原作通りで、年代もほぼ同じである。妹を孕ませた学生が親に禁足されたという言葉があるが、戦後社会では馴染まない言葉でもあるし、東京と神奈川の県境付近でも、かなり田舎であり、東京の中心部は遠い世界だということもわかる。
出演者の中では伊之役の丸山定夫が素晴らしい。やさぐれた感じが出ている。如何にも頑固者という感じ。戦後の成瀬版の森雅之も熱演だったが、どこかまだ上品さが残っている感じだった。この頑固者が妹をいたぶるのは、自分が悪者になって、妹を家族に受け入れるためとわかる部分は本当に泣ける。憎いのではないのだ。肉身の情の細やかなところがいい話なのである。学生も世間知らずで、勉強ばかりしてきた男のようだ。
木村荘十二監督は1933年に「河向ふの青春」を発表。これはまだ傾向映画的要素が強くて検閲でカットされてしまったものだったらしい。その後PCLで文芸ものを中心に活動、「放浪記」なんかも発表している。「河向ふの青春」や「牧場物語」といったところは観てみたいのだが、フィルムがあるか否かの情報を有していない。