本作は、1942年3月の公開とあるから、日活が統合されて大映になってしまう直前の作品ということになる。当時の映画雑誌に目を通すと、将軍役未定のままクランクインされていたようだ。そして、未定だった将軍役に時代劇スターの阪東妻三郎に決まった時に、今までのドキュメンタリー的群像劇が阻害されるのではと心配する向きがあったようだ。しかし、それは杞憂に終わり、妻三郎の抑制のきいた演技で、この作品に風格が出たように思われる。1975年の「阪妻映画祭」で上映された折に、初めて観たが、他の作品とは異なりある種の違和感を覚えたことを思い出す。妻三郎のための映画ではないからだ。ずっと登場する訳でもないからでもある。映画はやや平板な感じではあった。日活は映画祭の2巡目からは、これを取り下げて「忠臣蔵」に差し替えていた。
なお、本作の現存プリントだが、オリジナルのものではなく、冒頭と終わりに戦後に付け加えた部分がある。そして、約20分は削除されたようである。淡々と進行するので、その戦後の追加部分の反戦的な内容ともあまり齟齬を感じられない。その削除された部分はそうした矛盾があったので破棄されたのかもしれない。
この作品のデビュー直後の小林桂樹が中田弘二扮する参謀の当番兵役として出演していることを付記しておきたい。