1927年から49年にかけてビクター・レコードに録音した藤原義江の歌唱を集めたものである。全部で57曲収録されている。オペラのアリアや日本の歌曲、自作の「討匪行」とか、戦時中の「特幹の歌」といった時局ものの流行歌、それに民謡や俗謡も含まれている。1949年の「長崎の鐘」以外は全て戦前戦中の録音である。この「長崎の鐘」も藤山一郎が歌う同名映画の主題歌とは全く別物である。
さて、アリアあたりはよく知った曲だが、日本のものになると半分は未知の曲だった。中にはSPも手許にあって、知った録音もあるのだが、曲自体初めて知るものが多い。それはあまり歌われなくなったものがずいぶんあるということだ。また、オペラ歌手独特の発声で日本語歌唱にも拘らず、歌詞が明瞭に聞き取れない。同時代に口を大きく開けて唄ったと言われる二村定一あたりとは180度違う歌唱ではある。
自分が知る藤原義江は藤原歌劇団のドンであり、音楽界の重鎮の姿しかない。山田耕筰が亡くなった1965年にはテレビに登場し、追悼の座談会に出ていた姿を思い出す。日英の混血児で、その西洋的風貌は一度見たら忘れられない。
なお、1964年に制作された大映の「傷だらけの山河」は当初この人の主演だったという。監督が吉村公三郎から山本薩夫に交代してシナリオも変更されても藤原主演で推移したものの、結局芝居ができないということで山村聰に代わった。今もDVDに撮影時のスナップ写真が収録されているが、山本監督と一緒に写った藤原義江の姿を見ることができる。